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~道の花は強かに生きる~ 7

last update Last Updated: 2025-08-22 21:11:43

 いっそのこと、かの国の少年王を殺してしまえばいい。那沙は既に彼に服従しているようだが、いっときの主の不在に耐えきれなかっただけだ、本来の宝石神としてのちからと女王陛下が戻ればきっと、また美しきセイレーンを国家として立て直してくださるはずだ。

 あんな、野蛮で卑劣な手段を平気で使う国の民になどなりたくない。そのせいで自分は最愛の家族を失ってしまったのだから……

 カイジールの凛とした雰囲気に気押されて、リョーメイはたじろぎながら言葉を返す。

「……で、でも殺してしまったら、この美しいセイレーンに戦火が来てしまうわ」

「その前に向こうを焼き尽くせばいいだけではありませんか。どうせ貴女には止められませんよ。ナターシャさまの御遣いである貴女もまた、迎果七島から離れることが許されない身なのですから」

 だから黙って見ていればいいとカイジールは呟く。那沙の御遣いでしかないリョーメイよりも、人魚の血を引くカイジールの方が、見た目は幼いが保持しているちからが強い。女王オリヴィエを姉と慕うカイジールは、セイレーンを守護する神よりも、セイレーンの地に君臨する女王を優先している。ナターシャを第一に考えるリョーメイとこれ以上話をしていても、平行線のまま終わるだろう。

「わかっているわ」

 仕方なく、リョーメイはカイジールの肩を軽く叩く。もういいと、呆れているのだろう。

「なに、彼女を危ない目に晒すようなことはさせませんよ。さすがの女王陛下も人目のあるところで堂々と自分の娘を殺めることはできないでしょうから……」

 カイジールは場違いな笑みを浮かべてリョーメイの前から姿を消す。

「――あてにならないわね」

 どこか投げやりな声に、カイジールの背中を見つめていたリョーメイが振り返る。

「ナターシャさま。いまの話を……?」

「ぜんぶ聞いたけど?」

 濡れそぼった身体のまま、那沙はずかずかとリョーメイの室の窓から入ってくる。また道花と一緒に海に潜っていたのだろう、潮のきつい香

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  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   chapter,6 ~神謡に舞姫は開花を願う~ 1

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